松山地方裁判所西条支部 昭和33年(ワ)246号 判決 1960年9月28日
原告
国
右代表者法務大臣
小島徹三
右指定代理人検事
大坪憲三
同
大蔵事務官 乾唯義
愛媛県周桑郡丹原町大字北田野七二三番地
被告
南条園子
右訴訟代理人弁護士
梶田茂
右当事者間の昭和三三年(ワ)第二四六号抵当権移転登記抹消手続請求事件について当裁判所は昭和三五年七月二二日に口頭弁論を終結して次のとおり判決する。
主文
被告は原告に対し、別紙目録記載の不動産に対する松山地方法務局丹原出張所昭和三一年四月一八日受付第一三四五号をもつてなした債権額一四〇万円の抵当権移転登記の抹消登記手続をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
(申)
原告指定代理人
主文同旨の判決
被告訴訟代理人
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
(主張)
原告指定代理人
一 請求原因
(一) 原告は訴外藤原重喜に対し、昭和二六年度申告所得税に対する利子税額中金八、七九〇円、同延滞加算税額金二三、七〇〇円 昭和二五年度物品税に対する延滞加算税金三、八五〇円昭和二七年度物品税金四六九、九二〇円 同延滞加算税金三三、四五〇円 昭和二七年度源泉所得税に対する利子税金二、〇一〇円 同延滞加算税金七〇〇円 昭和二八年度申告所得税に対する利子税金四、一五〇円 同延滞加算税金九五〇円 滞納処分費金三八〇円 合計金五四七、九〇〇円の租税債権を有している。
(二) 訴外藤原は訴外株式会社芥川商店に対し、昭和三一年二月一五日付金銭消費貸借契約にもとづく金一四〇万円の債権を有し、これを担保するため、訴外芥川直樹所有の別紙目録記載の不動産に対し、右債権について昭和三一年二月一五日松山地方法務局丹原出張所受付第五〇二号をもつて抵当権設定登記をなした。
(三) 原告は昭和三二年四月八日前記の滞納税金を取立てるため、滞納処分として、右債権を差押え、訴外藤原に対し即日差押調書を交付し、第三債務者訴外芥川商店に対しても同日通知をなし、原告は右債権の取立権を取得した。
(四) よつて原告は右不動産の抵当権につき債権差押登記を嘱託しようとしたが、右抵当権は昭和三一年四月一七日訴外藤原より被告に譲渡され、同一八日同出張所受付第一、三四五号をもつて抵当権移転登記が行われている。よつて右抵当権移転登記の抹消を求める。
二、被告の主張に対する答弁並びに再抗弁
(一) 本租税債権は次のとおり時効中断の事実がある
(イ) 昭和二六年度申告所得税に対する利子税金八、七九〇円、同延滞加算税金二三、七〇〇円(納期限昭和二七年二月二九日)は、昭和三〇年四月九日に金二〇、〇〇〇円の一部納付があつたものの残額であつて、右一部納付により訴外滞納者藤原重樹は債務を承認したことになるので、その時効は中断されたこととなる。
(ロ) 昭和二五年度物品税に対する延滞加算税金三、八五〇円(納期限昭和二五年一二月一〇日)も、昭和二八年三月五日に金二、五三〇円の一部納付をした残額であつて、前同様の理由から時効は中断されている。
(ハ) 昭和二七年度物品税金四六九、九二〇円、同延滞加算税金三三、四五〇円(納期限昭和二七年八月二五日)は、昭和三二年四月八日の本件債権差押により時効が中断されたものである。
(ニ) 昭和二七年度源泉所得税に対する税金二、〇一〇円、同延滞加算税金七〇〇円は、同年度源泉所得税に対する利子税金一、〇九〇円、同延滞加算税金四五〇円(納期限昭和二八年四月三〇日)と、同年度源泉所得税に対する利子税金九二〇円、同延滞加算税金二五〇円(納期限昭和二七年一一月三〇日)の二口を税種によつて纒めたものであるが、何れも前記差押により時効が中断されている。
(ホ) 昭和二八年度申告所得税に対する利子税金四、一五〇円、同延滞加算税金九五〇円(納期限昭和二八年三月一六日)及び滞納処分費三八〇円についても、右と同じである。
(二) 訴外藤原と被告との間における債権譲渡には確定日付ある証書による通知または同様の訴外芥川商店の承諾はない。したがつて、差押によつて、被告と両立しえない地位に立つた原告に対しては、被告は右債権譲渡の事実を主張できず、原告はこれを無視することができる。抵当権は債権に随伴するものであるという性質上、仮に被告に抵当権の登記があるとしても、これをもつて被告は原告に対抗することはできず、原告は抵当権を実行する権利があるわけで、その登記の抹消を請求することができる。確定日付ある証書による通知または承諾というのは、何人が債権者であるかを確定させるために定められた登記に類した制度であつて、他の方法をもつて代用することは許されるものでなく、また被告の主張の解釈が許されるとすれば抵当権付債権の譲渡は、抵当権移転登記をもつてすればただちに対抗要件をそなえることになり担保物件の随伴性に反する。仮に登記済印をもつて確定日付とみることができるとしても、本件においては金子借用抵当権設定契約書と債権並びに抵当権譲渡証に登記済印があるが、設定契約書は債権譲渡と直接関係はなく、譲渡証書には訴外芥川商店がこれを承諾した旨の記載はないのであるから、確定日付ある証書による通知あるいは承諾あつたものとみることはできない。
被告訴訟代理人
一、認否
(一) 請求原因第一項、第三項は不知
(二) 同第二項は認める
(三) 同第四項は抵当債権が被告に譲渡され、主張のような抵当権移転登記のあることのみを認め、その余は否認
二、抗弁
(一) 原告主張の税金債権があるとしても、これは発生のときより五年を経過し、時効によつて消滅している。
(二) 訴外藤原より被告に対する債権譲渡について、訴外芥川商店に対し確定日付のある譲渡通知、あるいは芥川商店よりの確定日付ある承諾書は存しない。しかしながら芥川商店代表者芥川直樹は、右債権譲渡を当時承認していたものであり、確定日付はないが、当時承認していたものであり、確定日付はないが、当時右債権譲渡にもとづき、これを担保する抵当権も移転して、その移転登記がなされているのであるから、債務者、譲渡人、譲受人通謀のうえ、債権譲渡の日付を遡らせて、第三者に不測の損害を為すおそれはないのであるから、いわゆる確定日付はなくとも、原告に対し債権譲渡をもつて対抗しうるのであり、仮にしからずとしても登記所の登記済印をもつて確定日付とみるべきである。
(証拠)
原告
一、甲第一号証乃至一四号証を提出。
二、証人鈴江利雄の尋問の結果を援用。
三、乙第一号証乃至第五号証の成立を認め、第六号証は郵便官署作成の部分のみを認めてその余は不知。
被告
一、乙第一号証乃至第六号証を提出。
二、証人芥川直樹、同岡田春雄、同藤原キミエの各尋問の結果を援用。
三、甲第一号証乃至第七号証は不知、その余の甲号証の成立を認める。
理由
一、(租税債権の存在)証人鈴江利雄の尋問の結果並びにこれによつて真正に成立したと認められる甲第一号証乃至第三号証によれば、原告主張のように、訴外藤原重喜に対して合計五四七、九〇〇円の租税債権があることが認められ、また右証拠並びに成立に争いのない甲第一〇号証乃至第一四号証によれば、原告主張のように右租税債権につき差押並びに一部納付による承認の事実があつて、時効の中断のあることが認められる。
二、(滞納処分並びに債権譲渡)訴外藤原は訴外株式会社芥川商店に対し、昭和三一年二月一五日付金銭消費貸借契約にもとづく金一四〇万円の債権を有し、これを担保するため、訴外芥川直樹所有の別紙目録記載の不動産に対し、右債権につき昭和三一年二月一五日松山地方法務局丹原出張所受付第五〇二号をもつて抵当権設定登記がなされたこと、右債権は昭和三一年四月一七日訴外藤原より被告に対し譲渡する契約がなされ、これにともない右抵当権につき、同月一八日同出張所受付第一三四五号をもつて抵当権移転登記がなされていることについては当事者間に争いがなく、証人鈴江利雄の尋問の結果並びにこれによつて真正に成立したと認められる甲第四号証乃至第六号証によれば原告は訴外藤原に対する前示租税債権の滞納処分として、昭和三二年四月八日同人の訴外芥川商店に対する前示抵当権付債権を差押え、訴外藤原に対し即日差押調書を交付し、同日訴外芥川商店にも差押通知をなしたことが認められる。
三、(対抗要件)被告は前示債権譲渡について確定日付ある書面による通知あるいは承諾はないとしても、抵当権について登記のある以上、第三者として不測の損害をこうむるおそれはないから、債権譲渡をもつて、原告に対抗すると主張し、原告はこれを争い、確定日付ある書面による通知も承諾もないから、原告は右の差押えた債権につき取立権並びに抵当権を実行する権利があり、前示抵当権移転登記は抹消されなければならないと主張する。抵当権付債権が譲渡されるときは、抵当権はその随伴性にしたがつて抵当権もまた移転する。その対抗要件は各別に、それぞれ具備されなければならない。しかしながら抵当権は債権に付従するものであり、その債権について存否、瑕疵によつて、左右せられるのは当然である。仮に抵当権自身につき登記があるとしても、その被担保債権について対抗力を具備しなければ、その間に債権の譲渡を得た者について抵当権も対抗できないことになる。抵当権について登記がある以上実質的に第三者を害するおそれはないと被告は主張するが、確定日付ある証書による通知または承諾は、取引保護のために厳格な形式を定めた制度であり、実質論からこれを緩く解釈することはできない。本件をみるに証人芥川直樹の尋問の結果並びに弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第七号証によれば訴外芥川商店は右債権譲渡について承諾をなしていたことは認められるが、確定日付ある証書によつてなしたという事実は認められず、他に確定日付ある証書による承諾あるいは通知があつたと認めるに足る証拠はない。被告は訴外芥川商店の訴外藤原に対する金子借用抵当権設定契約証ならびに訴外藤原の被告に対する債権並びに抵当権譲渡証書には登記済印があり、これをもつて確定日付とみるべきであると主張する。なるほど登記済印のあることは、民法施行法第五条第五号の規定により、確定日付と解する余地はあり成立に争いのない乙第一、第二号証には松山地方法務局丹原出張所の日付ある登記済の印があることは認められるが、これはいずれも譲渡通知ではなく、またそのいずれにも訴外芥川商店の債権譲渡承諾の意思が記載されているわけではないから、これをもつて確定日付ある証書による承諾とみることはできない。したがつて被告は原告に対し右債権譲渡並びに抵当権の移転をもつて原告に対抗することはできないものというべきである。
四、(結論)原告は前示のとおり、国税徴収法により前示債権を差押えたものであるから、被告においてその債権譲渡並びに抵当権をもつて原告に対抗できない以上、原告としては、被告を無視して、債権の取立ならびに抵当権の実行をすることができることになり、また、原告の権利と相容れない被告の抵当権取得登記の抹消を、請求しうることとなり、被告はこれに協力する義務がある。よつて原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横田吟 裁判官 三木光一 裁判官 尾中俊彦)